雲田はるこさん作画の『昭和元禄落語心中』。ここでは講談社から販売されているITANコミック版を紹介しています。
第2巻は「与太郎放浪篇」の其の五。そして「八雲と助六篇」其の一から其の二が収録されてます。
「与太郎放浪篇」其の五:そん時ゃ諸共心中だよ
1巻の最後(其の四)で目出度く「前座」となり、過去の因縁である「兄貴分」にも己の行く道を知らしめられた与太郎。
このままトントン拍子……と思いきや、そうは問屋が卸してくれません。
歌舞伎座で行われる、師匠「八雲」の独演会。
その前座として高座に上がることになっていた与太郎ですが、何とそのことは「当日の朝」に小夏から聞いて知りました。
おっかなびっくりで何とか高座に上がりますが、練習不足でうまくいくわけもなく……。
しかも、その時は「助六の落語」にどっぷりとハマっていたこともあり、演じたのは「助六の丸写し」のような落語でした。
このことで八雲は気を悪くしますが、ここまではまだ、許される範囲だったようです。
しかし、与太郎は事もあろうか八雲の演目中にあり得ない失態をしてしまい、八雲から「破門」を言い渡されることに!
ただ、八雲の「破門」の言葉だけで落語、ひいては八雲への思いが断ち切れるわけもなく、未練たらたらで八雲亭の玄関先に座り込みます。
小夏の仲立ちもあり、何とか八雲に言葉を届けられた与太郎。
八雲は破門を引っ込める代わりに、与太郎と小夏に3つの約束を言い渡します。
八雲がどうしても守るようにと言い渡した、渾身の約束とは?
このカットが好き!
第2巻、「与太郎放浪篇」の最後の話となる其の五で「これは~!」と思ったカットは17ページの1コマ目。
ほとんどウケず客席を冷やした与太郎が、楽屋に戻り八雲に挨拶をする場面のコマです。
特段、話として大きな展開があるコマではないかもしれません(客席を冷やしてしまったことへの緊張感はありますが)。
ではなぜ、私がこのコマを推すかというと……。
与太郎がここまで、落語界で努力をしてきたことがわかるな、というコマだったから。
最初は着物の着方さえままならなかった与太郎が、着物をきちんと着て、(スベッたとはいえ)お客を前に落語をし、そして帰ってきた。
八雲を前に「お先に勉強させて頂きました」と挨拶をする姿は、落語素人の私からすると「わお、立派に芸人さんだ」って感じでした。
流されるままにヤクザをしていた与太郎が、八雲に拾われ躾けられ、今では(素人目には)芸人になるまでに成長している。
私にはそう思えたコマだったのです。
手をつき、師匠に頭を下げ、挨拶を述べる。この仕草がぎこちないものではなく、きっと「いつもの落語の流れ」として与太郎にはもう身に付いたんだろうな。
そう思えるコマだったのです。
与太郎はこの後、本当~にあり得ない失態から八雲に破門を言い渡されます。
でも落語だけはどうしても辞めたくない与太郎。
この時、与太郎が落語を辞めたくなかったのは、落語が好きなことも、八雲師匠が大事なことももちろん理由の1つだったと思います。
ただ、その他にも、もう与太郎の体には「落語」が血肉になってしまったから、辞めることなどもう、できなかったんだと思います。
其の五で一旦終わる「与太郎」のお話は、次からいよいよ物語の根幹「八雲と助六篇」に突入します。
「八雲と助六篇」其の一:「俺たちの時代がもう来てるんだよ」
「与太郎放浪篇」を経て、八代目 八雲師匠の語る「八雲と助六篇」が開幕。
其の一では、八雲と助六が「七代目 八雲」に弟子入りするところから始まり、戦争(第二次世界大戦)を経て落語界に大波が寄せる一歩手前までが描かれます。
八代目 八雲は、その名を襲名する以前は「菊比古」と言いました。
一方「助六」は初太郎から、落語への一歩が始まります。
二人とも「それまでの所在」を失い、有楽亭 八雲の下へやってきます。
菊比古は、花柳界にある女系家族の中で、足を怪我したことで踊れなくなり、弟子入りという名の口減らしで。
助六は親代わりをしてくれていた老人が亡くなったことで身寄りをなくして。
二人は性格も所作もまるきり正反対。しかしだからこそ良いのだと、七代目 八雲は二人を引き取り育てていきます。
落語の才能で言うと、助六の方が明らかに上でした。
菊比古は練習を積んでも越えられない助六の壁を感じながら過ごします。
七代目 八雲師匠と助六が戦時の慰問として満州に発つことになった際も、菊比古は連れて行ってもらえません。
それは才能の差ではなく、身寄りの問題によるところだったのですが、この期間が菊比古と助六の成長にまたもや差をつけるのはわかりきったことでした。
ただ、戦争が終わってもなかなか帰って来ない二人(というより師匠)の穴埋めに走り回った菊比古は、戦後大きく落語を上達させます。
そうして忙しく走り回っている頃、師匠と助六が引き揚げてきます。
菊比古は助六との再会を喜びながらも、少し焦燥も感じつつ…というところでしょうか。
しかし根っから天真爛漫な助六の立ち居振る舞いに、菊比古も背中を押され、二人で「これから来る『笑いを求める人』の波」にのるため、いざ漕ぎ出でな、というところで其の一は終わり。
美しい面影の、ちょっとした波乱の予感もはらみつつ。
このカットが好き!
「八雲と助六篇 其の一」で好きなのは72ページの3コマ目。
戦況が悪くなり、日本全体に「自粛」の空気が広がる中で、菊比古と仲の良いガールフレンドも疎開…。
師匠からも今後の落語界の暗澹たる未来を聞かされ……。
という中で、初太郎(助六)と顔を合わせてホッとする菊比古。
その表情が、こちらまでホッとするようで、このカットが好きですね~。
ここまでの「はぁ~…」という思い空気を、初太郎の登場で軽くする。
初太郎って本当に「場の空気を持っていく」のが上手な人。普段から。
そうしたことが日常でもちょくちょくあったのだろうな、というのがわかる一コマです。
「八雲と助六篇」其の二:「完璧な物に色気は差さねぇ」
戦争が終わり、テレビという娯楽到来の少し前、焼け野原に大衆が求めたのは「笑い」。
ではその笑いをどこで得るかと言えば、長らく庶民の身近にあった落語でした。
戦後すぐの時期は、戦中に初太郎(助六)が予言していた通り、寄席にもドッと人が押し寄せました。
菊比古も初太郎も、忙しく高座へ上がりますが、それでもまだまだ「貧乏」暮らしでした。
というのも、二ツ目になり師匠の家を出た二人は、一緒に暮らしながら何とか生計を立てている状況だったのです。
そんな中、初太郎はいよいよ「助六」という名をもらい、戦時下の慰問で鍛えた落語でみるみる人気を博していきます。
一方、菊比古は名も変えず、真面目に落語に取り組んでいる日々です。
決して人気がないわけではないですがどうにも菊比古の落語は「完璧」で過ぎて隙がない模様。
そこへ、師匠が満州に行った際に出会った「みよ吉」という女性が関わってきます。
女性として大変な魅力のあるみよ吉。
みよ吉は菊比古の容姿に一目惚れし、また菊比古もみよ吉の糸に絡めとられていく、そんな「其の二」。
師匠が囲っていた女性とはいえ、みよ吉との恋路は走り出してしまい、ずぶずぶと沼にはまっていく音が聞こえるような其の二の終わりなのでした。
このカットが好き!
『昭和元禄落語心中』2巻は「八雲と助六篇」其の二のお話までの収録ですが、終わりはちょっと艶めきながら不穏。
しかーし、「其の二」は戦後の落語界の風景や空気の匂いを上手に表しているんだろうな、と感じます。
それは例えば畳の匂いだったり、火鉢の匂いだったり、まだ土の多かった道路の砂埃の匂い。
何より、季節の風の匂い。
そんな中には人間の、生きものとしての生臭い匂いももちろんあって、そうした人いきれが感じられるのが、今回「好きなカット」としてあげるコマです。
今回は107ページの最後のコマ。
寄席の楽屋で、師匠たちと軽口をたたき合う風景を愛しく眺める菊比古。
自分の落語に対しては色々と思うようにいかず歯がゆい日々を過ごしていても、それでも落語を愛していて、落語の世界を自分の居場所と思っている菊比古の気持ちが切々と伝わります。
個人的には何かを見つめる時「横目」で見つめる菊比古の表情が大好きなのです。→第3巻についてはこちら
コメント