今回ご紹介するお話はあとり硅子さんの「英雄」。
このサイトでは、あとり硅子さんの作品は別記事にて一覧で一度紹介しています(詳細はこちら)。
ただその後、あとり硅子さんの作品は1つ1つ、それぞれの記事で紹介していくことにし、今回は「夏待ち」、「seagreen」に続く3つ目のあとりさんの作品紹介記事です。
今回ご紹介している「英雄」はWINGS COMICS『夏待ち』に収録されています。
「英雄」はあとり硅子さんの作品としては珍しく最初から最後までダークな雰囲気が漂うお話です。
「英雄」
今回ご紹介している「英雄」の初出は「ウィングス」’94年 5月号です。
このお話はWINGS COMICS『夏待ち』に3作目として収録されています。
あとりさんはお話のあとがきに「夜に子供がお墓を掘り返しているところ」が描きたかった、と書かれていました。
「英雄」が収録されているコミックス『夏待ち』には本作以外に、次の作品も収録されています(※リンクがついているものには、詳細を書いた別記事があります)
・夏待ち
・seagreen
・眠れない夜
・月夜のチェリーボーイ
・ハッピーゴーラッキー
・四ツ谷渋谷入谷雑司ヶ谷
上記のうち、「眠れない夜」はあとり硅子さんのデビュー作で、「月夜のチェリーボーイ」はその続編となっています。
あとり硅子さんについては、Wikipediaでどうぞ。
心の中で「英雄」を待ってる
「英雄」の主人公は全寮制の進学校(と思われる学校)に通っているセツ。
そして友人2人(1人はタカラ。あと1人の名前は不明)が中心となって物語は進みます。
満たされているけれど退屈な日常の中、とある事件が起きます。
それは、同じ学校に通う少年ユナが亡くなった、という事件。
自然死であればこれは「事件」ではありませんが、少年たちの間では「ユナは自死したらしい」との噂が広がります。
しかも拳銃自殺。
厳重に管理されている彼らの生活で拳銃など手に入るはずもなく、これはただの噂だと彼らも薄々感じています。
しかし心のどこかで「もしかしたら」を期待しています。
18歳までにこの生活から抜け出せるなら、それは何であろうと「英雄」じゃないか?と。
実は彼らのいる学校(施設)には以前にも施設を逃げ出そうと試みた「英雄」がいる、という伝説があります。
自死をしたというユナは、かつて施設からの脱走を企てた伝説の少年と同じ「自らレールを外れようとした英雄」、なのでしょうか?
この結末、ぜひあなたの目で確かめてみてください。
実は社会風刺が込められている?
このお話は16ページの短編なのであとりさんの中にあるもっと長い物語から「ある一部分」を切り取った感じがします。
セツや彼の友人たちが、普段どんな生活を送っているのか、この物語だけで詳しく知ることはできません。
ただ彼らの言葉の端々からはこの生活が「退屈」だという雰囲気が読み取れます。
でも、だからと言って自分自身がその退屈な日々を大きく変えようという気はない、とも。
決められたレールをお行儀よく歩く彼ら。
彼らが話していることは一見無責任に思えますが、実はこれって現代を生きる大多数の人間が思っていることと同じように思えます。
「こんな世の中、退屈」「もっと刺激が欲しい」「もっと楽しかったからいいのに」「今の世の中はおかしい」
こう思いながら、結局、私たちは自分自身が「いつものレール」から外れることを恐れているのも事実。
短いお話ではありますが、この物語からはいつの世にもある「でも、結局みんな自分では動こうとしないよね」という意識への痛切な皮肉が込められているようにも感じられます。
命をかけるほどの「英雄」なんて そうたびたび現れるもんじゃないってことだろ
『夏待ち』P.108
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